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福岡地方裁判所 平成6年(モ)2055号 決定

主文

相手方は、本決定送達の日から一か月以内に、平成三年四月三日から同年七月一〇日までの間相手方が申立人の計算において売買を行った際に作成した注文伝票を当裁判所に提出せよ。

理由

一  申立ての趣旨及び理由

申立ての趣旨及び理由は、別紙「文書提出命令の申立書」及び同平成六年七月一九日付け「原告第五回準備書面」記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙「文書提出命令の申立に関する意見書」及び同「文書提出命令の申立に関する意見書(二)」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  当裁判所平成四年(ワ)第七四六号損害賠償請求事件において、申立人は相手方に対し、「平成三年四月三日以降、相手方が申立人からの売却指示等に従わず(売却の指示なくした売却ないし購入を含む。)、適正に売買の取次ぎをしなかったという問屋としての善管注意義務違反の行為により、申立人に七三八八万二五八七円の損害を与えた。」と主張して、その損害の賠償を請求しているところ、一件記録によると、申立人が提出を求めている注文伝票は、顧客が証券会社に買い注文又は売り注文を出した場合、これらの注文を、証券会社から証券取引所立合場にいる自社の売買担当者に伝える際に作成されるものであることが認められる。

2  ところで、証券取引法は、国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめること等を目的として制定されたもの(一条)であって、同法一八八条は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿、計算書、通信文、伝票その他業務に関する書類を作成し、これを保存し、又は業務に関する報告を提出しなければならないと定めているところ、大蔵省令である証券会社に関する省令一三条はこれを受けて、注文伝票が証券取引法一八八条の規定により証券会社が作成しなければならない書類に含まれる旨規定しており、したがって、注文伝票は、証券会社の内部統制を可能ならしめるとともに、大蔵省の職員による証券会社の検査を実効的に行わせるのに役立てるために作成が義務づけられているものということができる。

3  以上のような事実に照らして、本件注文伝票が民訴法三一二条三号後段に規定する文書に該当するか否かについて検討する。

同条が、証拠の偏在という状況のもとで、訴訟当事者間の実質的平等、公平を回復することにより訴訟における真実の発見に資するとともに、他面、所持者に対し提出義務を課するが故にその利益を害することに鑑み、その提出すべき文書の範囲を画したものと解されることからすると、挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書とは、契約書などのように両者間の法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載した文書であれば足り、所持者が単独で作成したか挙証者と共同で作成したか、また、誰の利益のために作成したかを問わないものと解するのが相当であり、ただ、そのような文書であっても、専ら所持者の内部的な自己使用の目的で作成された文書、例えば日記帳などはこれに当たらないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、証券会社である相手方の作成する注文伝票が、前記1、2の経緯ないし目的によって作成されるものであることからすると、注文伝票は、証券会社が問屋としての善管注意義務に反せずに取次ぎをしたか否かを判断するための資料となるべき事項を法律の要請に基づき記載した文書ということができるから、顧客が証券会社に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求をする場合においては、顧客と証券会社との間の法律関係それ自体又はその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載された文書であるといい得るものであり、かつ、純然たる自己使用のための内部文書にすぎないと認めることはできないものである。

そして、申立人は、平成三年四月三日以降の申立人と相手方との間の取引行為をすべて問屋としての善管注意義務を怠った違法行為ととらえているのであるから、本件申立てをもって模索的な証拠申出であると解することもできないし、その必要性を肯認することができるから、本件申立ては理由があるものというべきである。

三  よって、申立人の本件申立てを理由あるものと認め、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石井宏治 裁判官 石原稚也 裁判官 武野康代)

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